タイトル:数列の狼
- 2024.12.20
- 月刊芳美
タイトル:数列の狼
正次郎がこの町を訪れるのは5年ぶりだった。かつて、この町のフィリピンパブで数々の悪事を働き、一人のキャストを巧みに操り、多額の金を貢がせて姿を消した。その後、別の町で同じ手口を繰り返していたが、さすがに目立ちすぎたため、一時身を潜めていた。しかし、ほとぼりも冷めた今、獲物を探すため再びこの町に舞い戻ってきたのだ。
店の扉を開けると、懐かしいカラオケの音と、アルコールの匂いが鼻をくすぐった。店内には数人の客が散らばり、それぞれがキャストと楽しそうに談笑している。その光景に正次郎は舌なめずりした。
「また、いい感じのカモがいそうだな」
1. 店内での再会
席につくと、年齢を重ねたママが迎えに来た。「正次郎さん!お久しぶりね。5年ぶりかしら?」ママは少し驚きながらも笑顔で出迎えた。正次郎は慣れた様子でグラスを傾け、「いやあ、懐かしいね。ママ、相変わらずお美しいじゃないか」と軽くお世辞を放った。
その言葉に少し照れたママは、男性スタッフのロイコを呼び寄せた。「この人、ロイコ。私のいとこで、この店を手伝ってくれているのよ。」
正次郎はロイコを一瞥し、内心でこう思った。「いとこね…これは利用しがいがありそうだな。」
ロイコが軽く頭を下げると、正次郎は早速話題を仕掛けた。「ところで、最近調子はどうだい?なんだか疲れてるように見えるけど。」
ロイコは少し気を許した様子で、「実は、いろいろありまして…元妻が子宮がんで治療中なんです。正直、心配と疲れで参っていて…」と話し始めた。その言葉に正次郎の頭の中で計算が働いた。「なるほど、悩みの深いカモは感情に訴えれば落ちやすい。」
2. グラボヴォイ数列の罠
正次郎はロイコに深く頷き、「それは大変だな。実は、俺も親の病気で苦労したんだよ。癌だったんだが、ある方法で奇跡的に全快したんだ。」と嘘を吐き始めた。
ロイコは驚いた様子で「本当ですか?」と身を乗り出す。ここで正次郎は、あたかも神秘の知識を分け与える救世主のように振る舞った。
「聞いたことがあるか?グラボヴォイ数列っていうんだが、これがすごいんだ。この数字を紙に書いて、それをコップに貼り付けて水を飲むだけで、驚くべき効果があるんだ。」
そう言いながら、正次郎はさっとペンを取り出し、「子宮がんに効果がある」という数列を書き、ロイコに手渡した。「この数字を使えば、元妻さんの癌だってきっと良くなるはずだ。」
3. ホ・オポノポノの催眠トーク
さらに、正次郎は声を落として語り続けた。「これだけじゃない。もう一つ試してほしい方法があるんだ。それは『ホ・オポノポノ』というハワイの祈りの言葉なんだ。」
「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています。この言葉を毎日唱えるだけで、心の中のネガティブなエネルギーが消えていくんだ。俺の親もこれで救われた。」
その語り口は優しく、しかしどこか催眠術のようにロイコの心を掴んでいった。ロイコは半信半疑ながらも、「やってみます」と言ってメモを大事そうに受け取った。
4. ママへの「奇跡」の種まき
次に、正次郎はママの話に耳を傾けた。彼女は透析中の父親の話をしながら、「神様に祈るしかないわね」とため息をついた。
正次郎はここでも同じ手口を使った。「ママ、それならこれを試してみたらどうだ?」と、グラボヴォイ数列とホ・オポノポノの真言を書き、「お父さんのために祈るとき、この数字と言葉を使えば奇跡が起きるかもしれない」とさも本物の奇跡を手渡すかのように微笑んだ。
ママは感謝の言葉を述べながらメモを受け取ったが、正次郎は心の中でほくそ笑んだ。「これで二人とも俺の掌の上だ。さあ、次はどう料理してやろうか。」
5. 次なる計画
正次郎はその夜、店を後にしながら満足げに微笑んだ。「あとはこれをきっかけに、連絡を取り合い、もっと深く入り込んでやるさ。金を引き出す準備は整った。」
彼の背後で、街のネオンが淡く輝いていた。その光は、これから彼が巻き起こすさらなる偽善と欺瞞の舞台を祝福しているかのようだった。
(終わり)
続編:数列の逆襲
正次郎がフィリピンパブを訪れてから数日後、物語は奇妙な展開を見せ始めた。
ある夜、パブのママから正次郎に一本の電話がかかってきた。
「正次郎さん!あの数列と祈り、すごいわよ!」
興奮した声のママに、正次郎は一瞬驚いたものの、「まさか本当に効いたのか?」と内心で笑いを堪えながら答えた。「そうか、それは良かったね。で、具体的には?」
ママは早口でまくし立てる。「父がね、透析を受けた帰りに病院の待合室で突然歌い出したのよ!『体が軽い!これは神の力だ!』って。」
正次郎は苦笑しながら、「そりゃすごいな」と適当に相槌を打った。しかし、ママの次の一言に背筋が凍る。
「それでね、うちの常連客みんなにも教えたの。もうみんな、正次郎さんの数列と祈りを信じてるわ!」
1. 街中に広がる数列信仰
翌日、正次郎がパブを訪れると、驚愕の光景が待っていた。
店内には、紙に数字を書き込み、祈りを唱える客たちの姿があった。カラオケの代わりに響き渡るのは、「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」の大合唱。
「正次郎さん!すごいわ!このおじさん、糖尿病が良くなったって言ってるし、あの女性は宝くじに当たったらしいのよ!」とママが得意げに叫ぶ。
正次郎は目を白黒させながら、「え、ちょっと待って。それはたまたまだろう?」と慌てて否定するが、もはや誰も聞く耳を持たない。
「正次郎先生!次はどの数列が良いですか?」
「先生、私も教えてください!」
次々に迫りくる客たちに、正次郎は「こ、これ以上広められたら面倒なことになるぞ」と内心焦り始める。
2. ロイコの大失態
そこへ、ロイコが血相を変えて駆け込んできた。「正次郎さん、大変だ!」
「どうした?」と問うと、ロイコは泣きそうな顔で答える。「元妻に数列を送ったんだが、『こんなものより医者に行け』と激怒されて、今後一切連絡するなって言われた!」
正次郎は内心「そりゃそうだ」と思いながらも、外面では同情を装った。「ロイコ、それはお前の信じ方が足りなかったんだ。もっと祈りに集中しろ!」
しかし、ロイコは怒りを抑えきれない。「もう数列なんて信じない!あんたが俺を騙したんだな!」
騒ぎを聞きつけた他の客たちもざわつき始めた。「え?数列って偽物なのか?」
正次郎は焦りながら、「ちょ、ちょっと待て!信じる者だけが救われるんだ!」と叫ぶが、ロイコの怒りは収まらない。
3. 信者たちの暴走
その混乱の中、さらに奇妙な事態が起きた。ママの父親が突然店に現れ、「私は数列で救われた!」と叫びながら、病院から借りてきた車椅子を押して踊り始めたのだ。
店内は「奇跡だ!」と熱狂する客たちと、「いや、ただの偶然だ!」と騒ぐ懐疑派で完全に二分された。
そこへ、警察官が二人、店に踏み込んできた。「ここで違法な宗教活動が行われているとの通報があった!」
正次郎は「違法?いやいや、ただの数字と祈りですよ!」と必死に弁解するが、警察官は怪訝な顔で彼を見つめた。
「それにしては、このメモや数列がやたら高額で売られているらしいじゃないか?」
正次郎は初めて聞く話に驚愕する。「誰がそんなことを?」と振り返ると、そこにはママが笑顔で手帳を持ち、「あら、あの数列を1枚500ペソで売ったのよ。お父さんの透析費用が必要だから!」
「おいおい、それは俺のビジネスモデルだろ!」と正次郎は叫ぶが、もはや誰も彼の話を聞いていなかった。
4. 大混乱の幕引き
警察官に連行されそうになる正次郎を見て、信者たちは一斉に抗議の声を上げた。「正次郎先生を放せ!」
しかし、その抗議も空しく、正次郎は警察署へ連行されてしまった。
数日後、町中に広まった数列信仰は、メディアの目に留まり、「奇跡の数列」として話題となった。しかし、正次郎の名前は一切報じられず、代わりにママが「新興宗教の教祖」として一躍有名人に。
刑務所でニュースを見ていた正次郎は、頭を抱えて呟いた。「俺が生み出したものなのに…全部持っていかれた!」
エピローグ:数列の復活
数ヶ月後、釈放された正次郎は新しい町で再び同じ手口を始めた。しかし、今回はより一層慎重に、そして壮大な新たな計画を練り始めていた。
「次はもっと騙しがいのあるカモを探すぞ…」
数列と真言を胸に、正次郎の旅は続く。
(終わり)
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解説
正次郎のような人物が意図的に作り上げた信念や数列を、周囲が信じ、拡大していく様子は、歴史的に見て多くの「宗教的カリスマ」や「神話的英雄」の誕生の過程に似ています。
特にイエス・キリストのような宗教的リーダーが、当初はただの一人の人間として登場し、彼の教えや奇跡が人々の間で語り継がれていく過程には、この物語のようなダイナミクスがあります。イエスもまた、彼の死後に多くの奇跡や奇跡的な行為が神格化され、教義が広がり、時に信者たちによって誇張されたり変化したりすることもあったかもしれません。正次郎のように、彼の意図的な行動や計画が、意図せずして社会や人々の間で異常な勢いで広がり、それが「信仰」という形になっていく様子は、ある意味で宗教の発展の奇妙な縮図にも見えます。
このような話は、現代の「カリスマ的リーダー」や「宗教的現象」にも当てはまる部分があり、正次郎のような人物が単なる自己利益のために使う数列や真言が、まるで宗教の教義のように信じられ、拡がっていく様子は、社会的・心理的な現象として非常に興味深いものです。
また、正次郎が「自己利益のため」に奇跡や宗教的な道具を利用し、周囲を巻き込んでいく過程が、逆説的に宗教的な影響力や力を生み出す様子が描かれているため、これはある意味で「信仰の商業化」や「偶像化」の現代的な側面を映し出していると言えるでしょう。
誠志郎は、歴史上の多くの人物と同様、結局のところ、たとえその動機が純粋とはほど遠いものであったとしても、カリスマ的な人物を信頼する社会の傾向を反映しているといえるかも知れません。彼の物語は、喜劇的で誇張された物語ですが、信念の力と、それを操ることの予測不可能な結果について、冷静な考察を提供しています。
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Main Story: The Conman’s Revelation
Seijiro walked through the familiar streets of the neighboring town, drawn to the Filipino pub he hadn’t visited in five years. As he pushed open the door, the sound of English songs filled the air, sung passionately by an elderly regular and a hostess. In the back booth, another group of hostesses were chatting and laughing with a female guest.
The Mama
A woman in her 50s, single, who had never had children. A devout Catholic, she regularly donated humanitarian supplies to impoverished children in the Philippines. Her father, who lived in the Philippines, was undergoing dialysis.
The Male Staff
In his 50s, named Royco, a cousin of the Mama. Also a devout Catholic, he had a troubled past. His ex-wife was battling uterine cancer and undergoing chemotherapy, and Royco felt as if her suffering was his own. Because of this, his physical and emotional exhaustion had caused him to suffer from ED (erectile dysfunction).
As Seijiro settled into the bar, casually chatting with the Mama and Royco, he began to listen to their unspoken struggles. The more they spoke, the more Seijiro’s mind raced. “I could help them,” he thought. A cunning smile played across his face.
He had recently come across the Grigory Grabovoi sequence—a series of numbers that purportedly could heal ailments—and the Ho’oponopono Hawaiian spiritual mantra. Inspired by this, Seijiro concocted a plan.
For Royco, who was worried about his ED and the stress of his ex-wife’s condition, Seijiro suggested a simple solution: “Try muscle training and take some supplements, and look into treatments like Renova,” he said, showing Royco some information on his phone. But as their conversation deepened, Seijiro’s mind clicked into place. He realized that Royco’s physical ailments and his ex-wife’s illness were intertwined. The solution, Seijiro believed, could lie in the mystical numbers of the Grabovoi sequence.
“I have an idea,” Seijiro said. He took out a piece of paper and asked Royco to write the number sequence, which supposedly could heal uterine cancer, and to write it on a glass of water to drink daily.
But Seijiro didn’t stop there. His imagination began to run wild. “What if I also add the Ho’oponopono mantra?” he thought. “This could heal both Royco and his ex-wife.”
He scribbled the mantra on the paper:
Thank you
I’m sorry
Please forgive me
I love you
Seijiro didn’t stop with Royco. He heard that the Mama’s father was undergoing dialysis, so he wrote down the same sequence and mantra for her as well, encouraging her to use it.
This marked the beginning of Seijiro’s grand scheme. He believed that, with the right words and numbers, he could orchestrate miracles, profit from them, and manipulate his way into people’s lives. And so, he set his plan into motion.
Continued Story: The Aftermath of the Sequence
Several days after Seijiro’s visit to the pub, a call from the Mama came in. Her voice was filled with excitement.
“Seijiro! The numbers and mantras— they really worked!”
Seijiro, momentarily startled, tried to mask his smile. “Really? That’s good to hear. What happened?”
“Well, my father, after using the sequence and mantra, suddenly started singing at the hospital, saying he felt lighter, like a miracle had occurred!”
Seijiro tried to keep his composure. “Wow, that’s great… but it could be coincidence, right?”
But Mama wasn’t listening. “I’ve shared it with all the regulars, Seijiro! Everyone’s feeling better! People are saying they’ve won the lottery or had their ailments cured!”
Seijiro’s head spun. “Wait, you mean they all think this works?”
Mama grinned, “Oh yes! Everyone’s praying with the sequence now!”
1. The Explosion of the Sequence Faith
The next evening, when Seijiro entered the pub, he was greeted by an unexpected sight. Customers were no longer singing karaoke, but instead, they were chanting the Ho’oponopono mantra in unison, while scribbling the Grabovoi numbers on pieces of paper.
“Seijiro! It’s incredible!” Mama exclaimed. “That old man’s diabetes is improving, and that woman over there—she won the lottery after using the numbers!”
Seijiro stood frozen. “This is getting out of hand,” he thought. “What am I going to do?”
Suddenly, Royco burst through the door, his face pale with distress. “Seijiro, you’ve got to help me!”
Seijiro raised an eyebrow. “What happened?”
“I tried sending the sequence to my ex-wife, but she got furious! She said, ‘Don’t send me these numbers! Go to a real doctor!’ Now she’s saying never contact her again!”
Seijiro laughed nervously. “That’s… um… because you didn’t really believe in the numbers. You’ve got to concentrate on them more! Focus on the prayer, Royco!”
But Royco wasn’t having it. “I’m done with this! You’re just using me!”
The other patrons started to murmur, sensing the tension. “Wait, is this all just a scam?” they wondered.
Seijiro felt the weight of their gazes on him. “No, no! It’s not a scam! The numbers work, but only if you truly believe!”
2. The Miracle Turns to Chaos
Then, as if things couldn’t get any stranger, Mama’s father, having heard the commotion, wheeled himself into the pub. “I’ve been healed!” he shouted, startling everyone in the room.
Mama’s father began dancing in his wheelchair, and the whole pub erupted into cheers. The belief in the sequence became stronger, with more people shouting, “It’s a miracle!”
At that moment, two police officers entered the pub, and the mood shifted. “We’ve received reports of illegal religious activity here,” one officer said.
Seijiro blinked in confusion. “Illegal? It’s just numbers and prayers!”
“According to this report,” the officer said, holding up a piece of paper, “it seems these numbers are being sold for a high price to unsuspecting people.”
Seijiro’s stomach dropped. “Who’s selling them?”
Mama, smiling innocently, said, “Oh, Seijiro’s numbers! I’ve been selling them for 500 pesos a pop to cover my father’s dialysis bills.”
Seijiro was flabbergasted. “That wasn’t part of the plan!”
3. The Aftermath
The situation escalated further, and the police took Seijiro in for questioning. However, the story didn’t end there. As he sat in a holding cell, Seijiro overheard people in the news talking about the “miracle numbers,” which were now widely circulated and gaining followers. But Seijiro’s name was never mentioned. Instead, Mama had become the “new spiritual leader.”
Back in his cell, Seijiro gritted his teeth. “I can’t believe it. They took everything I started and turned it into their own empire.”
Epilogue: The Return of the Sequence
Months later, Seijiro was released from jail and went to a new town, this time with a more careful plan. He knew that it would take time to rebuild his reputation and figure out how to take back control of the “miracle numbers” for himself.
“This time, I’ll be smarter,” he thought, as he looked for his next “victim.”
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Analysis: The Paradox of Charismatic Leadership
Seijiro’s story, though comically exaggerated, illustrates a dark and ironic truth about human nature and the mechanics of power. The way his “miracle sequence” spreads, from a single individual’s manipulation to a wide belief system, mirrors the way many religious movements have been born throughout history.
The rise of Seijiro as a “miracle worker” echoes the emergence of charismatic religious figures like Jesus Christ, whose initial simple teachings and acts of healing were later expanded upon and mythologized by his followers. In the same way that Seijiro’s personal motives and deceptive practices eventually led to a wider, uncontrollable movement, religious figures often find themselves caught in a web of their own creation—where their messages are manipulated and exaggerated by others.
This process—the commercialization and idolization of belief—raises important questions about the nature of faith, manipulation, and the susceptibility of people to charismatic figures. What begins as a self-serving scheme can quickly spiral into something much bigger than anticipated, with unintended consequences for both the conman and his followers.
Seijiro, like many figures in history, is ultimately a reflection of society’s tendency to place faith in charismatic individuals, even when their motives are far from pure. His story, while a comedic and exaggerated narrative, provides a sobering reflection on the power of belief, and the unpredictable consequences of manipulating it.