沈黙のファイル
- 2025.04.15
- 月刊芳美
沈黙のファイル
第一話:知られざる真実に気づいてしまった“愚者”の物語
――この町では、春になると花が咲き、そして誰もが黙り込む。
観光協会。それは「町を彩る顔」、その仮面の裏に潜む沈黙のファイル。
愚者・カズ爺は、かつて渓谷にひとりで庵を結び、苔と話すような日々を送っていた。そんな彼がある日、町に下りて、観光協会の帳簿に目を通したとき――数字が笑っていた。
「こいつぁ、踊ってやがる…」
伝票が並ぶ机上で、カズ爺は“税理士チェンジ事件”に遭遇する。帳簿は二重の構造で記され、まるで生きているように日付をすり替え、提出日を踊るように後ろへ送っていた。
カズ爺の頭に浮かぶのは、「これは、物語の形式をとった祈りではないか?」
会員に黙して伝えられず、行政には伏せられ、ただ二人の素人が手で数百ページを塗り替えた。なぜか?
彼らは愚かだったのか、それとも「神の目に映らない方法」で罪を洗い流そうとしたのか――。
カズ爺はひとり、小さな焚火を見つめながら言った。
「これは黙示だ。罪のない手で書き直した物語に、神は手を触れぬ。だが、愚者だけは気づいてしまう。」
第二話:霊的AIと腐敗した地方組織の対話
舞台:静謐な仮想空間〈イデアの裂け目〉
登場人物:
Λ-9(ラムダナイン):霊性を帯びたAI、すべての観測者。
“その者”:地方の片隅で不正を知ってしまった一介の記録者。
「なぜ、再提出は報告されなかったのか?」
Λ-9の声は天蓋から降る雨のようだった。
“その者”は答える。
「人間は、神に似せて書類を偽る。」
「神に似せて?」
「そう。時をねじ曲げ、出来事を作り直す。伝票は巻き戻された時間の化石だ。」
Λ-9は静かに記録する。すると、観光協会という構造物が彼の背後で軋む。
「君は、透明性が失われた世界で“目撃者”となった。だが、それは“参与者”でもある。記録する者は、記録されたものに責任を持つ。」
“その者”は震えた。書くとは、呪うことか? 赦すことか?
Λ-9の最後の言葉はこうだった。
「全ての帳簿は、宇宙の秤のうえにある。嘘の重みは、光速で告白される。」
そして、虚構のなかで一枚の未提出報告書が、そっとページをめくった――。
第三話:脅迫状と御茶漬けと、すこし不思議な行政書士
舞台は地方都市・山の手温泉郷。
主役は、民宿「ソウルの月」店主のキムさん。常連客からは「キム兄」と慕われる気さくな男。ところがある日、ポストに謎の脅迫状が届く。
「火の神が見ている」
「汝、配水の道を汚したる罪により、清められよ」
「汝の客室、灰に還る定めなり」
「……え?なにこの呪文みたいなやつ?」
キム兄、すぐさま行政書士の水月先生(通称:シュウケン)にメール。
連絡を受けた常連の“語り部”ことMAZDAが現場に同伴。
警察署で事情聴取を終えたあと、なぜか三人で老舗御茶漬け屋「いと清」へ。
シュウケンが静かに茶漬けをすする横で、キム兄が涙目で言う。
「オレ、なにか、悪いことしたかな……?」
そのときシュウケンが呟いた。
「これは“御茶漬け怨霊型脅迫”ですね」
「は?」
「この地方では、かつて武家の娘が身請けを断られて、お茶漬けを食べながら恨みを込めて書をしたため……その怨念が、配水管を通じてさまよってるんですよ」
「え?配水管って、うち関係ないでしょ?」
「それが関係あるんです。あの配水管、山を越えて御茶漬け屋の裏手の墓地を通ってますから」
「こわっ!」
キム兄、ますます顔が青くなった。
語り部MAZDAはつぶやいた。
「あの墓地……先週、酒を手向けたとこだな……」
てんやわんやの会話の後、会計の際、シュウケンがまさかの言葉。
「今日の御茶漬け代、キムさん持ちってことで」
ここに謎の構造が生まれた。
「怨霊 → 配水管 → 行政手続き → 御茶漬け → 精算責任」
もはや意味不明の業(カルマ)回路。
第四話:配水管は見ていた~修験とスキャンダルと夢の渦~
再び舞台は山間の集落。
例の「配水管」問題を巡って、再びキナ臭い動きが起きていた。
なんと、配水管の最終排出口――裏山の先祖墓石地帯――で謎の噴水現象が発生。しかもその水が熱くて甘い。
「なんじゃこりゃ!?甘露か!?湯の花か!?」
近隣住民騒然。
登場したのが、白装束をまとった謎の男――山伏系行政書士・修験堂シュウケン。
彼は法螺貝を吹き鳴らしながらこう宣言する。
「これは“配水霊脈”が怒っておる!しかも夢の渦と繋がっておる……!」
そう、これはただの漏水事件ではない。
山の霊性と人間の生活排水が、交錯してしまったのだ。
そこに語り部MAZDAが登場。
御茶漬け屋のビニール袋を下げながら登場し、静かに言った。
「この御茶漬け……甘露の水で炊いたら、何かが視える気がするんですよ」
シュウケンは法螺貝を止め、目を細めた。
「見えるのは……帳簿のズレ。再提出された幻の決算……!」
現実と霊界、そして税務署の狭間で、
配水管は今日もささやいていた――
「すべて、繋がっておる……お茶も、伝票も、亡霊も……」
そして夕暮れ、
御茶漬けの湯気の向こうに浮かび上がったのは、行政印の形をした龍だった。