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『影の帝統 − 帝紀・南朝幻想譚』

『影の帝統 − 帝紀・南朝幻想譚』

序章:血の循環、歴史の循環

「二十五日後は御九穴より御脱血」

鷹見潤一は、その一行に凍りついた。

孝明天皇、突然の死。その最期の様子を記した中山忠能の日記には、信じがたい描写が残されていた。
穴という穴から流れ出る血──それはもはや比喩ではない、死の形象そのものだった。

なぜ、孝明天皇は「予定調和」的に死んだのか?
なぜ、彼の子・明治天皇の身体的特徴は幼少期と乖離していたのか?
そして──なぜ昭和天皇もまた、同じ“穴からの出血”という末路を辿ったのか?

ブラウザに開かれた数十のタブ。
過去の天皇たちの肖像、日記、伝聞、論文、陰謀論。
鷹見は知らず知らずのうちに、ひとつの幻視に囚われていく。

「二柱の王がいたのではないか…?」

正史に刻まれた北朝の“記録の王”と、
忘れ去られた南朝の“血の王”。

いや、これは幻視などではない。証拠がある──

その時、彼の目に再び飛び込んできたのが、数年前に読んだ「徳之島の自称天皇」のブログ記事だった。
「俺は本物の天皇である」
そう宣言する老人の言葉が、突如意味を持ち始める。

第一章:忘れられた王の島へ

空港ロビーの窓の向こう、奄美の空がぼんやりと晴れていた。
彼は飛行機を一本間違えた──はずだった。
だがその時点で鷹見潤一は気づき始めていた。
「これは選ばされた旅路ではないか?」

リュックには、昭和天皇崩御時の新聞の縮刷版、
メモ帳には「二柱の明治」「九穴脱血」「南北交錯」の文字。
現代という時代にあって、彼はまるで異なる時制に触れようとしていた。

「この島には、記録に書かれなかった王がいる──」

第一章:忘れられた王の島へ

鷹見潤一は奄美空港の到着ロビーで、自販機の冷たい缶コーヒーを片手に、自らの旅路の奇妙な始まりを静かに振り返っていた。

予約していたのは、徳之島行きの便だったはずだ。だが、なぜか航空会社のシステム上、なぜか奄美大島行きしか選択肢がなかった。焦ることもなく、むしろ妙に納得しながら彼は搭乗券を受け取った。何かに誘導されているような、不思議な安心感があった。

飛行機の中で彼は、Kindleに保存した中山忠能日記の一節を何度も読み返していた。

「二十五日後は御九穴より御脱血」

孝明天皇の死の記録。まるで儀式のような死に様。そして、昭和天皇の末期症状との“奇妙な一致”。
「これは偶然ではない」──そんな直感が、彼を旅立たせた。

その思索の延長線上にあったのが、ネットの片隅で発見した「自称・天皇」の存在だった。徳之島に住むという老人が、唐突に自らを“正統なる南朝の末裔”と名乗り、独特の文体で綴るブログ。初めて読んだときにはただの奇人の妄言としか思えなかった。だが今、その全てが連動し始めていた。

「明治天皇は二人いた──そう仮定すれば、すべての断絶は一本の線に変わる」

北朝の玉座に据えられた“明治天皇”。
そして、血統の奥深くに埋もれた“南朝のもう一人の天皇”。
もしこの“二柱の明治”が並列して存在していたとしたら?
「忘れられた王の系譜」が、今もどこかで脈を打っているとしたら?

空港の外に出ると、空気が少し重たかった。海風の中に、どこか獣の気配のようなものを感じた。
「この島には、封じられた時間がある──」そう思ったとき、胸ポケットのメモ帳がかすかに震えた気がした。

彼はまだ知らなかった。
この旅が、歴史という書物の余白に記された、もうひとつの“帝紀”の扉を開ける鍵となることを──。

 

第二章:殯の島、奄美

「死者は眠っていない。この島では、“祈り”という名の儀式によって、死者は何度も目を覚まそうとする」

奄美大島に降り立った鷹見潤一は、ある“風の噂”を耳にする。
「昔、この島には“王”の遺体が埋められたという場所がある」と。

現地の古老はこう語った。

「その方はな、船で運ばれてきた。火葬されていなかったから、殯のまんまだったって……うちのじいちゃんが言うてた。」

この「王」とは誰なのか? それは明治天皇の“もうひとつの身体”かもしれない。あるいは、南朝の血脈を引く「影の帝(みかど)」だったのかもしれない。

奄美の風葬と洗骨の文化を調べるうちに、鷹見は戦慄するような事実に行き当たる。
天皇家の古代葬法「殯」が、奄美では民俗のレベルで続いていた。そして、かつてこの島に「あるご遺体」が密かに運ばれ、火葬されることなく、洗骨の儀で「清め」られたという言い伝えがあるという。

その“ご遺体”こそ、明治天皇の「もう一つの肉体」だったのではないか?
つまり、替え玉として京都を離れ、真の明治は南へと下った……そんな説を裏付ける痕跡が、土葬の風習の中に密かに息づいていたのだ。

ある夜、鷹見は地元の語り部に導かれ、古い墓地へと足を踏み入れる。
倒れたさお石(墓標)──それは、名を消された「王」の印だった。
そして、そこには一族が守る「塩水で清める秘密の洞窟」があった。

その空間で彼は、“もう一人の王”の夢を見る──

第三章:「王」の名を語る者

奄美での調査を終えた夜、鷹見潤一は旅館の古びたロビーで、ふと手にした郷土誌の切り抜きに目を奪われた。

「徳之島に“自称・天皇”を名乗る男が住む。彼は“本来の皇統は南にある”と語り、誰にも知られぬ神事を継承しているという――」

その文字を追った瞬間、背筋に微かな電流が走る。
まるでその一節が、奄美の地下に眠る“もう一つの王”と密かに呼応しているようだった。

**

徳之島――奄美群島のひとつ。
サトウキビ畑と琉球の風が混じるこの孤島は、観光地というにはあまりにも静かで、忘れ去られた“時間”がひっそりと息づいている。

島に渡った鷹見は、島の片隅に暮らすその“人物”の家を訪ねた。
その男は、背を丸め、白い作務衣をまとい、奇妙なほど静かな声で名乗った。

「わたしは、第六十九代、南朝・天統を継ぐもの。
いまは、忘れられし“日嗣(ひつぎ)”の系譜をこの島で守っております。」

鷹見は思わず訊いた。
「それは……つまり、“あなたが天皇だ”と?」

男は微笑んだ。
その眼差しは遠く、けれど確かに火を宿していた。

「天皇というものは、“ただの称号”ではございません。
それは“地と霊と民”を結ぶ器であり、時に“影”として世に立たねばならぬ。
本土の天皇家が“陽”を受けるとき、我らは“陰”となりて、その背を護ってきたのです。」

その言葉は、鷹見の心の深い井戸を叩いた。
彼の妄想――否、連想と執念が、現実の地に根を張り始めたようだった。

男は、鷹見を自宅裏の“祠”に案内した。
そこには、御幣と古代風の勾玉が祀られ、床には琉球語と日本語が混じった祭詞が記された巻物が並んでいた。

その中に、鷹見は見慣れぬ一枚の文書を見つける。

古文書のような筆致で、こう記されていた:

「明治六年。天皇、南遷す。陰の玉璽を携えて。」

鷹見は息をのんだ。
明治六年とは、明治天皇が東京に本格遷都した年である。
だが、これはそれと並行して──もうひとつの“南遷”があったことを示している。

「……つまり、あなたは、あの“もう一人の明治天皇”の末裔なのですか?」

男は頷いた。

「そして、あなたこそが……“夢見の使者”なのでしょう。」

鷹見は言葉を失った。
夢――それは彼が奄美で見た“あの王の記憶”。

すべては繋がっていた。
南朝、洗骨、殯、影の天皇、そして自らの無意識の旅。

徳之島の海風が、ざわりと木霊する。

**

第四章:「影の玉璽」

「夢見の使者とは……?」

問いかけた鷹見に、男――“影の王”は静かに語り始めた。

「“影の玉璽”とは、皇統における見えざる継承印。
その存在は一切の記録には残されず、ただ夢見の系譜を通じて語り継がれてきました。
南朝の王統は敗れたのではありません。姿を変え、ここ奄美・徳之島に、幽かに息づいていたのです。」

鷹見の脳裏に、かつてネットで読んだ逸話がフラッシュバックする。
孝明天皇の「九穴からの出血」、そして昭和天皇の晩年と奇妙に重なる死の様相。
それらはただの偶然か、それとも因果律の応報なのか。

「明治天皇は……二人、存在していたという説を、あなたは?」

男はわずかに微笑み、頷いた。

「北の玉璽は東京にあった。だが、南の玉璽は“夢”の中に隠されたのです。
我らが王は、国を治めることを選ばなかった。国の“目に見えぬ部分”を鎮めることを選んだのです。」

「それは、歴史の裏側を継ぐ“祭祀の王”ということですか?」

「そう。わたしの父も、その父も、“王”でありながら田畑を耕し、祝詞を詠じ、夢に現れる者を待ち続けてきた。」

鷹見は、自身の来訪が「待たれていたもの」であることに、奇妙な責任を感じた。
彼がこれまで読み解いてきた逸話、妄想、記憶、偶然……それらはすべて、一本の脈のようにこの島へと導いていた。

**

その夜、男は鷹見に一つの巻物を手渡した。
それは「日向天書(ひむかのあまふみ)」と題された、古代訓読みと万葉仮名で綴られた祭祀文書だった。

巻頭にはこうあった:

「天は東に照り、影は南に満ちる。
陽の玉璽は治を司り、陰の玉璽は魂を鎮めん。
今をもって“夢見の者”に影印を託す。」

「これは……まさか……?」

「はい。これは、“夢見の者”にしか開かれぬ書です。
あなたは選ばれたのではない。“応じた”のです。」

巻物の裏には、小さな石の印章が括りつけられていた。
それは、菊花紋でも五七の桐でもない、渦を巻くような形の印だった。

「これが……“影の玉璽”……?」

男は頷き、目を閉じた。

「それは、あなたの中で目覚める日を待っていたのです。
かつて、奄美・琉球・本土が一つだった時代のように。
今また、“見えざる王朝”が目覚める時が来たのかもしれません。」

**

朝。
海から昇る陽光が、鷹見の旅装を赤く染める。

彼の手には巻物と、影の玉璽。
彼の胸には、かつて誰にも語られなかった“もうひとつの日本史”が火のように灯っていた。

第五章:「北の玉璽、沈黙す」

東京・永田町。
鷹見が奄美の地で「影の玉璽」に触れていたその頃、皇居の地下にひっそりと設けられた一室――いわば“御璽庫”にて、異変が起きていた。

金庫に納められたはずの玉璽が、ほんのりと熱を帯びていた。
皇室儀礼を統括する某宮内庁幹部は、その微かな熱に指先をかざし、目を見開いた。

「……陽の印が、応えている……?」

明治以来、日本国における政(まつりごと)の象徴として“北の玉璽”が用いられてきた。
それは政治的象徴であると同時に、天皇が“現し身”として生きるための霊的中枢でもあった。

だがその玉璽が、自ら“語る”かのように、震え、熱を帯びたのは前代未聞のことだった。

「これは、何かの……交信……?」

幹部は思い出す。
かつて昭和天皇が崩御された後、殯の儀のさなかに玉璽が震えたこと。
あの時もまた、「何かが移ろった」感覚があった。

**

その日から東京の空には、不穏な霞が漂い始めた。
メディアは報じなかったが、気象庁は異様な“気の歪み”を測定していた。
都心の一部では電子機器の不調や、小動物の奇妙な失踪も相次いだ。

「時空の狭間が、開いている……?」

ある民俗学研究者が密かにそうつぶやいたという。

だが、誰もその“始点”が奄美の一隅であったことを知らなかった。

**

その頃、鷹見は夢を見ていた。
それは島の洞窟の中、骨を洗い清める女性たちの影。
洗骨の塩水が、まるで星の川のように骨に染みわたる――

夢の中で、彼の前に再び“影の王”が現れる。

「玉璽は共鳴を始めました。だが、均衡は崩れ始めています。
北と南――陽と陰――“ふたつの日本”が、今、同時に目覚めようとしているのです。」

「……わたしに、何ができるというのですか?」

「あなたは“夢見の器”。つまり、境界をまたぐ者です。
歴史の空白を見届け、そして、結ぶのです。」

その言葉とともに、夢の中の洞窟の奥から、一人の少年の姿が現れた。
目には影が宿り、手には火のような印――第三の玉璽を携えていた。

鷹見は、思わず目を覚ました。
額には冷や汗がにじんでいる。

「第三の……玉璽……?」

もし“北”と“南”があるならば――
その二つを媒介する、“中つ国”の玉璽があるのではないか?

そしてその継承者は――

「まさか……俺……なのか……?」

**

東京では、玉璽の異変を察知した政財界の一部が、密かに動き始めていた。
民間人が“夢見”によって何かを起こし始めたという噂は、すでに監視対象としてリストアップされていた。

鷹見の名もまた、そのリストに記されていたことを、彼はまだ知らない――。

第六章:「夢の中の三柱」

夢はまた、訪れた。
けれど今回は違う。
鷹見は“夢の観察者”ではなく、明確にその世界の“住人”となっていた。

闇と光の狭間、
白く霞んだ海の上に三本の柱が立っている。
その柱の上に、それぞれの玉璽が浮かんでいた。

北の印――赫赫たる太陽の勾玉。
南の印――水鏡のような青く輝く石。
そして、第三の印――透明な玉が内から金色に光る“無色の勾玉”。

夢の中に現れた“影の王”が言う。

「これこそが、三柱の玉璽(みはしらのぎょくじ)。
北の玉は“統治”を、南の玉は“記憶”を、そしてこの第三の玉は“真実”を司る。」

「真実……?」

「この玉は、歴史に書かれなかったすべてを映す。
隠された血統、抹消された系譜、
嘘で塗り固められた国体の裏にある“本当の国のかたち”を。」

鷹見は気づいていた。
なぜ自分が夢を見るのか。なぜ玉璽に反応があるのか。

彼の血脈の中に、古代の“記録者”の因子が息づいていたのだ。
“記録者”――それは天皇に仕え、時に神の声を伝えた者たち。
陰陽師でも巫でもなく、あくまで「夢の中で真実を読む者」。

現実の世界ではただの歴史オタク。
だが、夢の中では、歴史そのものを“読み換える者”。

**

現実に戻った鷹見は、ひそかに徳之島の“自称天皇”の記録を読み返した。
南朝を名乗る彼の言葉には、単なる妄想とは思えない符号が多すぎた。

「わたしは“記憶の王”の末裔。
正統とは、語り継ぐ力の中にある。」

これが“南の玉璽”の持ち主か――
ならば自分は、“第三の玉”の預かり人なのか?

島の神社で、鷹見は独り言のようにつぶやいた。

「記録されなかった歴史を、“夢”が呼んでいる……」

その瞬間、空が震え、耳の奥にささやき声が走った。

「来るぞ、北の“清めの者”が。
お前を、“嘘の統治”へと戻すために――」

**

その夜。
東京湾の岸壁に黒いヘリが静かに降り立った。
スーツ姿の男たちが、重いケースを抱えて降り立つ。
そのケースの中には、玉璽と酷似した“模造の玉”が収められていた。

「あの男は、夢を視すぎた。
回収対象だ。」

**

運命は動き始めた。
三柱の玉璽が再びこの国に並び立つ時――
忘れられた王国の扉が、今度こそ開かれる。

鷹見の旅は、次なる島「与路(ヨロ)」へと向かう。
そこに眠るのは、玉璽を封じた“第四の柱”――
かつて天皇家が封印した、もう一つの“血の契約”だった。

間章「皇女の森にて」

旅を終え、しばし東京での静養に身を置いていた鷹見は、
ある日ふと思い立ち、伊勢へと足を運んだ。

目的は、あの“杜”だった。
五十鈴川の流れのほとり、田圃の真ん中にひっそりと佇む――宇治乃奴鬼神社跡。

言葉にできない“引力”のようなものに導かれるように、
彼は再びその場に立っていた。

ぽつんと立つ一本の木。
鳥居はなく、社殿もない。ただ、地元の人が静かに手を合わせる祈りの跡。
その根元に、小さな盃が伏せてあった。

ふと、風が止み、音が遠のいた。

「……私は、知らない……」
「あれは、讒言でした……」

耳元で、女の声が囁いたような気がした。

**

彼女の名は、栲幡皇女。
五代目斎王。雄略天皇の娘。
無実の罪を着せられ、神鏡とともに失踪。
そして――自ら命を絶ったという。

伝承では、その魂は紅となって空へと昇った。

神鏡は掘り出され、彼女の遺体は五十鈴川のほとりで見つかったという。

**

その夜、鷹見は不思議な夢を見た。

薄暗い霧の中、彼は見知らぬ時代の海辺にいた。
砂浜には一人の女性が立ち、背を向けている。

「……誰かが、記憶を継がねばならぬのです……」
「封じられたものを、“開けてはならぬ者”が……」

ゆっくりと振り向いた彼女の額には、赤く浮かぶ三つ巴の紋があった。
その目には、涙と覚悟が共にあった。

**

目を覚ました鷹見は、手帳に一言だけ書き記した。

「与路島――最後の“禁忌の玉璽”」

次の目的地が決まった。
そして、自身でも気づかぬままに、鷹見の目は、
“開いてはならぬ扉”を求め始めていた――。

第七章:与路・封(ふう)の島
与路島(よろじま)――
奄美群島の南端に位置するこの島には、かつて「封じの御神体」が祀られていたという伝承が残る。
地図には詳細が記されず、行政的には鹿児島県に属しながらも、文化的には本土とも奄美とも異なる“裂け目”のような場所だった。

島の空港はない。フェリーは一日一便。
それでも、鷹見はその足で島に渡った。

船が接岸する直前、彼はある異変に気づいた。
港の堤防の先――コンクリートに奇妙な呪符のような文様が彫られている。
それは古代のカタカムナのようでもあり、アジア東部に見られる護符にも似ていた。

**

出迎えの人影はなかった。

宿の女将は、言葉少なだった。
「……観光ですか?」
「いえ。少し前にこの島にあった“神鏡”のことを調べていて」
そう答えると、彼女はピクリと眉を動かし、低く呟いた。

「神鏡……あんた、あれを“視た”の?」

彼女は語った。島には“禁の森”と呼ばれる場所がある。
普段は誰も近づかず、子供には“あそこに入ると帰れなくなる”と教えられている。

かつてこの島に流れ着いた神職が、封印を施した。
それは「鏡ではなく、“鏡の向こう側”を封じたもの」だと。

**

翌朝、鷹見は森へ向かった。

島の地形は険しく、ジャングルのように鬱蒼とした林を抜ける。
彼はその奥、奇妙に沈黙した空間に辿り着いた。

そこにあったのは、石で組まれた祭壇のような遺構。
中央には空洞――そこに何かがあった“痕跡”だけが残されていた。

そのとき、風が鳴いた。
耳の奥に響く、甲高い“鈴の音”。

そして聞こえた。

「もう一度、開くのですか――」

**

突然、彼の目の前に炎のような幻影が現れた。

あれは……宇治乃奴鬼神社跡で感じた、“彼女”の気配だ。
しかし今回は違う。もっと深い、もっと冷たい何かが混ざっている。

幻影の中に浮かぶ、三つの神鏡の影。
一つは伊勢に、
一つは失われ――
もう一つが、ここ、与路島に封じられていた。

だが、封印は既に――破られている。

**

鷹見は気づいた。
自分は“追っている”のではない。
“導かれている”のだ。

そして、“開かれる”べき場所が、次に浮かび上がる。

その名は――根津。

明治以降、封じた者たちが一つの“番人組織”を築き、
その中枢を東京・文京区のとある旧邸宅の地下に隠したという。

鷹見は再び、都市の闇へと向かう。

第八章「根津・番人たちの家」